インタビュー企画【1】滋慶教育科学研究所 職業人教育研究センター センター長 志田秀史氏「理論と実務をつなげる橋渡しを」

キーパーソンとコミュニケーションの重要性

湊:介護分野での取り組みは小さい問題はありながらも概ね上手くいっているとのことでしたが、その小さな問題とは何か、そしてそれらを改善していくために今後できることは何が挙げられるでしょうか?

志田:滋慶グループの専門学校である埼玉福祉保育医療学校の副学校長へのヒアリングで、人間関係のミスマッチが多いことは一般的に言われていますが、小さな問題としてどんなことがあるか聞いたところ、一番は言葉足らずの行き違いでした。留学生の言語能力や表現力は個々で異なるため、在学中に不満を伝えられる留学生もいれば、溜めてしまう留学生もいました。

一番は雇う側の問題なので、改善のため、専門学校の担当者と仲介会社の担当者、雇用する側の福祉施設の定期会議を年4回以上実施して問題を発見するようにしています。埼玉地区がうまくいっているのは、三者ともこの仕事は自分のライフワークだと思うくらいの気持ちで楽しく働いているからです。やはりコミュニケーションが大事で、人がカギになると思います。

赤尾:定期会議が行われるような密なコミュニケーションは埼玉地区のみなのか、それとも一般的に行われていることなのでしょうか?

志田:コンソーシアムをきちんと作っている地域自体がまだ少ないと思っています。さいたま市にある日本語学校の与野学院も日本に来る目的をしっかり聞いて、介護希望の留学生に対しては、最初の時点で介護専門の学校を紹介しています。専門学校に入学したら、今度は仕事を紹介する、といったように時系列に連携が行われています。

湊:他の地域にも埼玉の事例のような繋がりを作っていくためには、キーパーソンの存在が重要になるということですが、その他にはあるのでしょうか?

志田:人が一番大切だと考えると、熱意のある人同士で仕組みづくりができれば良いと思っています。

湊:ある地域で行われている取り組みを横断的に学ぶ機会などはあるのでしょうか?

志田:介護に関しては介護福祉士養成施設協会という専門学校の協会があり、その協会が取り上げてくれれば学ぶ機会は持てると思います。しかしながら、大学の介護福祉課程が閉じてしまっているために介護の研究者が少ないという問題があります。

インドネシアの先進的取り組みと今後の展望

志田先生には2021年9月にプロジェクトの内部研究会として「日本版学位資格枠組NQFの可能性を考える」をテーマに講演をしていただきました。

その中で紹介されたのが、敬心学園とインドネシア大学看護学部が共同研究開発した事例です。インドネシアは 2018 年 3 月 9 日、国内初となる政府(国家資格庁)公認の介護資格検定機関「介護ライセンスセンター(KLC)」 を開設しました。KLCの検定合格者は、最も基礎的な「エントリーレベル」の介護ライセンスが取得できます。(詳しくは研究会の報告書をご覧ください。2021年9月14日「日本版学位資格枠組NQFの可能性を考える」

赤尾:インドネシアで行われている介護資格検定機関「介護ライセンスセンター(KLC)」のような取り組みが今後、他の国で実施される予定や検討はありますか?

志田:インドネシアでセンターを構築したキーパーソンの方は、「アジアに広めていきたい」という思いがあります。しかし新型コロナウイルスの影響もあり、外国との交流が止まってしまっているのが現状です。

赤尾:東南アジアで高齢化が進んでいるという現状において、東南アジア各国でインドネシアのような取り組みが実施されていくことは、各国にとっても手助けになるのでしょうか?

志田:ベトナムの留学生が介護学校に入学する率は中国に次いで多いので、可能性は十分に感じられます。インドネシアが先に取り組みを実施できたのは、やはりキーパーソンの存在があったからです。

赤尾:キーパーソンが何度も現地の人と協議を重ねて実施できると思いますが、その過程はやはり簡単ではないのでしょうか?

志田:いくつかのステップがあり、議論を重ねることで実施に至ります。また、日本の介護能力を他国に教えるにあたっても、日本とは学習時間も制度も異なるために、その国に合わせた教育時間や制度に整えていかなければいけません。

赤尾:今後介護分野以外にも注目している分野はありますか?

志田:留学生が増えている食の分野に注目しています。具体的には、調理師と製菓衛生師です。ユネスコの無形文化遺産で、日本食が指定されたことがきっかけで、2014年に農水省が日本料理海外普及人材育成事業を打ち出しました。この時は日本料理だけでしたが、その後2019年に日本の食文化海外普及人材育成事業を打ち出し、日本食だけではなく、和菓子や洋菓子も含まれています。健康ブームのため、日本の洋菓子は甘さ控えめで東南アジアに人気だと言います。2014年から留学生が増え始め、2019年には3倍以上に増加しています。また、日本でも5年働くことができるので、期待ができると思います。

歯科技工の分野では、日本は若い世代が不足しています。外国人留学生はCAD/CAMデザイナーとして働いていると聞いていて、在留資格の医療の分野にあると留学生がもっと増えるのではないかと考えています。

日本版NQF: 産業界への働きかけと省を超えた協働が課題

湊:総合型のJQF (Japanese Qualification Framework)として教育資格と職業資格の同等性を示すことを目標とした時に、教育資格と職業資格を紐付けようとすることが日本における評価システムの構築が進まない原因のひとつという指摘がある中で、日本においてこうしたシステムを構築していくことの課題と意義はどこにあるのでしょうか。大きな質問になってしまいますが、以前の内部研究会で「職業的役割と教育プログラム両方に対応したマトリクスが必要」というお言葉を吉本先生からいただいたことも踏まえ、こちらの詳細をお聞きできればと思います。

志田:システムを構築する意義は、もともとは留学とか就労といった若者の国際移動を促進することと、あとは修得能力についてある程度可視化できることです。「私はここまでできるレベルです」ということがはっきり分かれば、のちに若者のキャリアラダーを描きやすくなるのではないのかと。意義はこの2つが特に強調されると思いますね。

課題はいくつかありますが、まず挙げられるのが、産業界から同意を得ることと言われます。吉本教授と一緒に調査した時に、そういう話がオーストラリアや韓国から出ました。産業界によっては業界大手が強い競争関係にあるので、難しい業種もある。しかし業種によってはその業界に協会を設立して組織活動を積極的にしているところもあるので、やれる業種から実施していくことが大事だろうと考えています。

もうひとつの課題は、行政の方で文部科学省と厚生労働省の協働が求められるということです。今も内閣府の一府三省の共同事業などの政策がありますが、そういう形でやれないのかなと。今は縦割りだから事務官の方も苦労されると思いますが、省同士の協働が必要だなと感じます。

湊:なるほど、省同士の協働ですね。では、先ほどお聞きした「職業的役割と教育プログラム両方に対応したマトリクス」の具体的なビジョンについてはいかがでしょうか。

出典:吉本圭一・伊藤一統・江藤智佐子・志田秀史(2021)「職業能力と学修成果に関する研究-保育・介護・看護における社会人調査より-」日本職業教育学会第2回大会発表資料

志田:特に医療福祉系の資格は国家資格でありレベル設定がしやすいので、まずは作ってみることが大事だという考えのもとに、介護などの医療分野から吉本教授の研究プロジェクトで策定してみようと試みています。それを日本のモデルのひとつとして横展開していけたら良いという考えで、チームで取り組んでいます。複数のメンバーで喧々諤々しながら、レベル3からレベル7まで、レベル5は介護(福祉士)養成校卒レベル、短大卒レベルくらいですが、レベル6は学部卒レベルですので、働いている人も学校修了した人もこのレベルを学修成果として進んでいこうという考えですね。繰り返しになりますが、吉本教授は熱意のある最大のキーパーソンだと思っているので、そういう方から始めるということなのかなと思います。

湊:海外のものを参考にしつつ、日本の文脈やそれぞれの事例を加味して作っているかたちでしょうか。

志田:EUのマトリクスをはじめにして作っています。ここに第2ティアというものがあるのですが(マトリクス画像参照)、これは吉本教授が何年も研究してきて、知識・技能・応用の部分をさらに細分化して作ったということになります。

湊:これをマスターにして横展開が進むと良いですね、期待がもてるなと感じました。

志田:そうですね。韓国では国の職業教育研究機関があり、そこが中心となって産業界を巻き込んで分野ごとのマトリクスを作っています。時間はかかると思いますが、日本もできると思います。韓国では趙貞潤さん(前韓国職業資格学会会長)という方がキーパーソンで、リーダーシップを取りスタートしたとご本人から聞いています。

湊:先ほどからおっしゃっている通り、キーパーソンと仕組みがマッチして、ワンセットでというのが本当にポイントだなと思います。